リレー随筆

小さな夢

Koyo Canada Inc. 永田 陽二

パテックフィリップ、ジャガールクルト、フランクミューラー、パネライ等々。

興味のある方には直ぐにお分かりになるかと思うが、これらは高級時計メーカーである。ローレックスなら殆どの方がご存じかと思うが、スイスを中心とした欧州の高級時計メーカーは非常に沢山ある。私は時計が大好きなのであるが、この様な高級時計を手に入れるような余裕はなく、いつも雑誌やインターネットを眺めては「いつかは・・・」と思いを馳せるのである。

それでもやはり時計が好きな気持ちには変わりなく、手ごろな時計を何本かは所有している。私は特に「機械式」のものに興味がある。この機械式とは「手巻き」や「自動巻き」のムーブメントで動く、電池を使わない時計の事。なぜ、機械式時計が好きなのかと言うと、世話をしてやらないと止まってしまい、毎日何秒かの時間の誤差が出てくる様な所が、機械でありながら何とも人間っぽいと感じるからである。また、人間が作った精密機械を体の一部に取り付けているという事がとても嬉しいのである。

複雑機械式時計などに至っては、クロノグラフ、ミニッツリピーター、パーペチュアルカレンダー等々、電池を使えばまだ簡易に作れるような複雑機能を、細かな部品を設計しそれらを組み合わせる事で機械的に機能させ、クオーツに負けない精度を捻出している。最高の知恵と技術を用いて作られた、まるで小宇宙の様な究極の精密機械である。目に見えない所で小さな部品の全てがミクロン単位の精度で噛みあい、正確な時を刻む。そんな究極の精密機械。・・・100万円。何??? やはり「いつかは・・・」と現実に戻るのである。

その様ないつ実現するかも分からない夢との葛藤を繰り返すなか、いつの日からか機械式のムーブメントってどうなっているのだろうと興味が沸いてきた。こういった気持が出てきた一つの理由は、普段の仕事は事務処理が中心となるため、自分の技術を使って仕事をやり遂げる「職人」というのに常々あこがれを感じていると言う事があるのだろう。

そこで早速「よしっ」と思い、私の所有する機械式時計の内一番安いダイバーズウォッチをいじってみる事に決めた。ネットであれこれと調査をしていると、丁度私のダイバーズウォッチ専門のカスタム部品(ミリタリー(MOD)デザインのダイヤル、針、クリスタルなど)のショップをニューヨーク近辺で発見。直ぐにその店からダイヤル3種類、針3セット、サファイヤクリスタルを1個購入。次のステップは、この時計の分解方法とその必要な工具の調査。どうも私のダイバーズウォッチはカスタマイズしやすいのか、ネット上で分解方法や部品交換の情報が結構入手でき、工具もネットなどで簡単に手に入る事が分かり準備が完了した。目標は「アンティークなミリタリーダイバーズ」への改造。

まず始めの作業は裏ぶたの解放。時計のベルトは外しておき、ケースごと時計が動かない様に裏を向けて固定。その裏ぶたを専用工具で回転させて解放させると直ぐに自動巻きムーブメントが出てくる。次にこのムーブメントを取り外さないといけないのであるが、そうするにはリューズを引き抜かなければならない。引き抜くのは簡単とタカをくくっていたのであるが、ただ引っ張るだけではダメで、この引き抜きの方法を調べるには結構時間が掛った。最終的にリューズを押しこんだ状態の時だけにちょろっと顔を見せるほんの小さな部品の一部を細い針のようなもので押さえるとリューズがリリースされる事が分かり、何とか引き抜きに成功。

後はケースを裏返せばムーブメントがケースから簡単に外れる。そうすると、今までクリスタル越しにしか見られなかったダイヤル、針が直接見て触れられる様になり、初めてその状態を見た時は何か本当の職人か、ブラックジャックの様な闇の医者にでもなった様な気分になり、ドキドキした事を覚えている。そのドキドキの状態の中で、針の引き抜き作業(手術?)開始。3針を専用工具で一度に引っ張ると簡単に外れた。ここまで来ればダイヤルは引っ張れば直ぐに外れ、ムーブメントが剥き出しになる。何とかここまでの手術は成功の様である。

後は今と逆の手順で購入した新しいダイヤル等をはめ込んで行くだけ・・・なのであるが、針は抜いた時と違い1度に3つを取り付ける事はできない。まずリューズを取り付け直し日付と曜日が変わる12時の状態まで動かした後で、時間針、分針、秒針と順番に1200分の状態になるよう、プルプル震える指とピンセットを押さえながら取りつけていく。何度も針がどこかに飛んでいき、その都度四つん這いになっては床の上から何とか針を救出したりと、大変な作業を繰り返す。そして最終的に1200分の状態のムーブメントが完成。これを、ケースに戻して裏ぶたを閉めればミリタリー風ダイバーズの完成となる。(何か「これで地中海風パスタの完成」といった様な説明になってしまったが・・・)

私はこのダイバーズウォッチの見た目に飽きてくれば、他のダイヤル・針に取りかえる作業を繰り返し行って、エセ時計技師を楽しんでいる。しかしこの事で心から分かった事は、本当の時計技師の技と言うものは、私には到底会得できるようなものではなく、充分な根気と技量はなさそうだと言う事だ。

ほんの1週間程前に、久し振りにこのダイヤルと針の交換手術を行った。今、そのミリタリー風ダイバーズは、1週間ずっと「3時14分」を差したまま、じっとしている。そして、再手術の予定はと言うと、「いつかは・・・」と未定のままである。

戻る   「リレー随筆」記事一覧ページへ