「こんにちは!」新代表者紹介インタビュー

 <第41回>
Ernst & Young LLP/アーンストアンドヤング会計事務所
牧野 卓司 Partner


今月はアーンストアンドヤング会計事務所でパートナーにご就任された牧野さんを取材しました。商工会事務局の監査も、アーンストアンドヤングさんにお願いしています。日本にご駐在という稀有なご経歴を持つ牧野さん(ココだけの話、義理の弟さんは古川元久 国家戦略担当大臣なんだとか!)業界の知識がない私にもアメリカの会計監査や経済の事情など分かりやすくお話してくださり、気づいたら1時間以上にも。たっぷりお届けします!

(神林)御社の事業内容のご紹介をお願いします。

(牧野氏)アーンストアンドヤング会計事務所の業務は監査・税務・アドバイザリーの3本柱です。一番大きいのは監査業務。会社の財務諸表をチェックすることです。その次は税務。税務申告書の作成が中心です。そして最近伸びているのがアドバイザリー。これは会計監査のアドバイザリーもあれば、最近のカナダでしたら国際会計基準の導入のアドバイザリーもありますね。流行っているのはプロセスインプルーブメント、PIと呼ばれているものです。各企業の業務効率を高めるアドバイスを行なっています。この分野では会計監査とはバックグランドが異なる専門家が担当しています。

(神林)会計監査だけでなく、企業へのアドバイスなど様々なことをされているのですね。御社が一番得意な分野や強みとしていることは何ですか。

(牧野氏)監査法人としてはいち早く監査手続をコンピュータ化し、世界共通の監査手続(EY Global Audit Methodologies)によって、より効率的な、精度の高い監査を行っています。それは監査される側の被監査企業にとっても、単に適正な財務報告を行うだけでなく、様々なリスクの分析、不正の発見および防止、経営の改善に役立っています。

税務分野でも監査同様、作業のコンピュータ化を進めると同時に、近年は様々な税務の分野を専門としたBoutique Firmの吸収合併により、研究開発費の還付(SRED)をはじめとする、税務の専門分野のリーダー的存在になりました。

近年成長が著しいアドバイザリー分野は、クライアントの直面する様々な問題を一緒になって解決に取り組んでいくサービスですが、中でもProcess Improvementは特に注目され、サプライチェーンの改善ほか、People & Organization Change部門では会社の組織変更を行い、より効率的な組織の構築をめざすことを目的としたサービスを行っています。 日系企業の皆様にとって、アドバイザリー分野はまだまだ広く知られていませんので、これからの分野と思っています。

(神林)御社の歴史について教えてください。

(牧野氏)1880年代に旧Clarkson Gordon法人が設立され、1989年にErnst & Youngのメンバーファームとして加盟しました。カナダのErnst & Youngは他の法人とは合併しておらず、Clarkson Gordonだけが設立母体であることも当社の特徴だと思います。

(神林)1880年というと設立130年を超えるのですね。御社の従業員さんは何名いらっしゃるのですか。

(牧野氏)従業員は約3000人。アドバイザリー分野以外はほとんどが勅許会計士(CA)です。私が在籍する日系企業グループでは多くの日系企業クライアントを、少数精鋭の日本人で担当しております。

(神林)カナダの会計士事情について伺いたいのですが、会計士になるにはどんなプロセスが必要ですか。

(牧野氏)もし他の国で会計士の資格を持っている場合。どの国かにもよりますが、幾つかの試験が免除され、1回だけの試験の合格で資格取得可能です。そうでない場合は学校の会計プログラムにいるうちから試験を段階的に受けて、経験を積んでやっと会計士になれます。何年もかかるんですよ。

(神林)どこの国でも会計士になるのは大変ですね。牧野さんのご経歴は?

(牧野氏)出身は愛知県名古屋市です。東海高校、名古屋大学経済学部卒業。大学在学中に文部省のプログラムでオハイオ州へ1年間留学しました。卒業後Arthur Andersen監査法人に就職。1991年、最初の赴任地はオレゴン州のポートランドでした。90年代はハイテクブームでシリコンバレーが伸びていた時期です。オレゴンにも日系企業の進出が多かったです。そこで監査を担当していました。

(神林)新卒でアメリカの企業に就職されたのですね。学生時代からアメリカで会計監査に携わるという希望をもってらっしゃったのですか。

(牧野氏)そうでもないんです。入社のきっかけは留学が大きかったですね。英語に抵抗はありませんでしたし、もう少しアメリカを知りたい気持ちがあって渡米しました。日本は当時バブルのときでしたから日本の企業にはいつでも入れると思ったこともあります。日本経済が下降するなんて考えてもいませんでした。会計監査に携わるようになったのは監査部に配属になったのがきっかけでした。業務上の必要もありCPA(米国公認会計士資格)を取得しました。

(神林)最初に就職されたArthur Andersen監査法人から、今のErnst & Young LLPに移られたのはどういうきっかけだったのですか。

(牧野氏)MBA取得のためでした。当時猫も杓子もアイビーリーグのMBAを取得するのがエリートビジネスマンへの切符だと謳われていて(笑)。97年退職しコロンビア大のMBAプログラムに入学しました。

(神林)念願のMBA取得によりエリートビジネスマンへの切符を手にされて。

(牧野氏)8年アメリカにいた後はさすがに日本に帰ろうかと思いました。しかし99年に卒業したら、日本経済はバブルはじけた後でどん底でした。失われた10年のときですよね。正直、考えていたような就職先を日本で見つけることができませんでした。そんなときにアメリカではインターネットバブルでしたから同級生の多くはシリコンバレーに就職していましたね。しかし1年後、ドットコムビジネスに就職した人のうち、2人だけしか残ってませんでした。Y2Kが終わった後、仕事がなくなっちゃって。

(神林)高学歴なのに日本でもアメリカでも厳しい状況だったとは・・・。そんな中、牧野さんは?

(牧野氏)僕はコンサバにまた会計の仕事に戻りました。そこがErnst & Young LLPだったんですね!ちょうどニューヨークにいた日系企業のリーダーが名古屋の出身で高校の先輩だったという縁もあり、996月に入社。その後組織編制があり、南アメリカと北アメリカの担当部署が統一されました。南アメリカは多くの日系企業が進出しており、日系企業サービス担当として2001年にブラジル・サンパウロに駐在となりました。2年間の任期だったんですが、思ったよりブラジルが気に入ってしまいました。1年間任期を延長した後、このままブラジルに転籍するかどうか悩んだのですが、帰ってくることに決めました。ブラジルすごい勢いで伸びていますから、行きたいときはまたいつでも行けます。ニューヨークに帰るのはそのときしかなかったことが戻った理由ですね。

2004年から2006年までNYでサーベインス・オクスレー法(SOX法)導入の対応に取り組みました。そんなとき、ある米国の大手クライアントが日本の上場企業を買収しました。これにより日本の買収先が米国で連結決算されることになり、米国会計基準で監査を行なう必要がありました。日本の会計士の先生だけでは対応が難しいということで、私が日本へ。

(神林)日本に駐在員として赴任されるというのは特別なご経歴ですね。

(牧野氏)20062007年に東京へ逆駐在となりました。しかし任期の終わった2007年はサブプライムでしたから、ニューヨークには戻りづらかったです。そんなときにカナダという話になりました。当時カナダは資源の値段が高かったことと、5大銀行はサブプライムに手を出していませんでしたからそこまで悪く無かったですよね。200712月に赴任。そして今年の7月付けでパートナーに就任いたしました。

(神林)ご就任おめでとうございます。パートナーになると何が変わるのですか。

(牧野氏)パートナーとは共同出資者という意味で、従業員からオーナーの一人になったということです。まず給与体系が変わります。いままでは給料はサラリーと呼ばれていましたが、パートナーになるとディストリビューションやアロケーションといいます。儲けから経費をひいて、残ったのがパトーナーに配分されるので業績が給与に直撃します。そしてオーナーになったということで、パートナーシップを購入しました。特筆すべきは、パートナーになると監査報告書に自分がサインしますので、それだけ責任が増大します。入った人のなかのほんの一部しかパートナーになれないので、いまは大不況ですから事務所に感謝ですね。それぐらい事務所がカナダでの日系企業の発展に期待しているという意味だと思います。日本国内の総生産というのは減っていく一方かも知れませんが、世界中での日系企業の活動はこれからも伸びていくので。私のような仕事は今後も重要性を増していくと思っています。

(神林)別の視点からの質問になりますが、今、お仕事を進める上で大切にしていることは何ですか。

(牧野氏)人と人とのつながりですね。仕事以外で日系企業の皆様とお会いする、つながりの重要性を特に感じます。そのつながりは学校時代だったり、趣味だったり様々なものがあると思いますが。色々なところに出て、リレーションシップをつくり、知り合いを増やしていく中で信頼関係を築き、それが仕事にも役立っていくと思っています。日系企業のコミュニティと当法人のパイプを作るの私の役目ですから。

(神林)このあたりでもっとプライベートなこともお伺いしたいのですが、好きなスポーツや趣味があったら教えてください。

(牧野氏)学生時代から馬術をやっており、2004年からはポロをやっています。

(神林)馬術というのはなかなか日本人には馴染みのないスポーツだと思うのですが、始めたきっかけは何ですか。

(牧野氏)北米やヨーロッパ、南米では盛んです。馬術は小学生のとき友達の影響で私も始めました。ポロはコロンビア大学の馬術部の仲間の紹介でしたね。馬術では、高校のときにインターハイで障害飛越に出たこともあります。

(神林)馬術やポロの魅力は何ですか。

(牧野氏)生き物一緒にやるところですね。人馬一体といいますが、馬と一体になって空中を跳ぶ。馬と気持ちが通じ合う瞬間がありますし、ポロの場合は一緒に球を追いかけるとき。それは他のスポーツでは味わえないと思います。ゴルフと乗馬はライフスタイルです。どこにいようともずっと続けていこうと思います。

(神林)今年の商工会ゴルフ大会では優勝おめでとうございました。

(牧野氏)ゴルフは大学生のときに親に薦められて始めたのがきっかけです。実はアイスホッケーもやるんですよ。好きなチームはやっぱりメープルリーフ。野球なら中日ドラゴンズです。

(神林)最後に商工会会員へのメッセージをお願いします。

(牧野氏)商工会はじめ様々な団体のイベントでお目にかかることがあると思いますが、いつでも気軽に声をかけてください!ということですね。他にはゴルフ。みなさんと一緒にたくさんプレイしたいです。よろしくお願いします。

(神林)今日はたくさんお話を聞かせてくださりありがとうございました。とても勉強になりました。これからもどうぞよろしくお願いします。

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