リレー随筆

商工会事務局 就労体験記

トロント大学学生 中沢 絹子

大学三年生の夏というのは皆さんもご経験済みの通り、学生生活の中で一番不安とストレスが募る時期であることは間違いないと思う。2008年にトロント大学一年生になり、これから4年間の厳しい大学生活が待っていると思ったときには気が遠くなる思いだったが3年間はあっという間に過ぎ、残りあと一年となった今頭の中は締め切り間近の課題と進路のことで一杯である。

札幌で生まれ7歳で東京に引っ越すまで北海道の広くのほほんとした土地で育った私は基本的に危機感や不安を感じることがほとんど無く、周囲からは「脳天気」という言葉がぴったりと言われている。この生存競争が激しいといわれる北米の大学で過去3年間どうやって生き延びてきたのか自分でも定かではなく、両親には電話で話す度に「あなたが一人でカナダで無事生きているのが不思議」なんて言われるほどまぬけな性格なのである。しかし今年は日本にいる同級生(日本では大学4年生となる)の就職状況などの追い討ちもあり、卒業を目前にいよいよあせった私は自分の将来の事が心配になり、北米の大学特有の長すぎる夏休みを利用して何か就労体験をしてみようと思った。

あるご縁で商工会を紹介していただき、5月のある日オフィスに面接に行くことになった。カナダには沢山の日本企業が進出していて、特にトロントはカナダでも最も大きいビジネスの拠点である。だからもちろんトロント商工会というのは大きな組織で沢山の人が働いているのだろうと思っていた。しかし行ってみると駅直結のビジネスビルの小さな一室に伊東専務理事と神林秘書のお二人だけ。面接とは思えないほど暖かいスマイルでお二人とも迎えてくださった。数日後にお電話をもらい「商工会でのお手伝いをお願いする」という連絡をいただいた時はうれしい気持ちと共に少し不安な気持ちもあった。

高校1年生の時に単身でバンクーバーに留学した私は最初の数年間は英語と葛藤の日々をすごした。ホームステイ先はカナダ人のご家族、行った先の高校は公立高校でカナダに着いたその日から英語とにらめっこをしてきた私はいつのまにか日本語と触れ合うことが無くなってしまい、7年たった今では時々自分が何をどちらの言語で伝えたいのかごちゃごちゃになるときがある。そんな風になってくると人間というのは日本人としての正しい礼儀や言葉使いも忘れてしまうもので、これはまずい!と思っていた。だから商工会でお手伝いするにあたって、ご挨拶の仕方は合っているのか、名刺の頂き方はこれでいいのか、言葉遣いはちゃんとしているのかなどとても心配だった。

そんな私に伊東さんも神林さんも親身にいろいろなことを教えてくださって、どんなことを質問しても嫌な顔ひとつぜず答えてくれる。カナダにいてこうして日本企業のこと、就職のこと、もちろんメールの書き方や電話の応答の仕方など細かいところまでいろいろと教えてもらえる機会はそう簡単にあることではない。また、ランチ会でお会いした方々も親身になって若者の就職相談に乗ってくれる。学生としてこれ以上に恵まれた環境は無いのではないかと思う。

今回は感謝の気持ちを込めて、商工会の暴露話(?)をお届けしようかと思ったが、言っても商工会には穏やかな空気が常に漂っていて、走り回ることも、電話が常に鳴り響くことも、伊東さんが声を荒げることも無し。これといって皆様に暴露したいことは起こらないので、インターンとして2ヵ月商工会で過ごして学んだことをお届けすることにする。

まず朝、事務所に来ておはようございますの挨拶をする。朝は神林さんがコーヒーを入れてくださる。その後はコーヒーを飲みならが3人でニュースになっている話題や週末なにをしたか、昨日の夕飯はなんだったか、そんなような会話を少しする。その後は個々の仕事に取り組むのだが、伊東さんは比較的独り言が多く、私は与えられた課題をやっていてもついついそちらに耳を傾けてしまう。時々雑談を交えながら作業をしてるとあっという間にお昼休みになる。お昼ご飯は3人で一緒に事務所でいただく。神林さんはいつも美味しそうなお弁当を持ってきていて私も見習ってお弁当を作るようになった。伊東さんはというとなんとお昼ご飯はりんご1個とグラノーラバー、そして牛乳。健康にはとても気を使ってらっしゃる。こんなにストイックに毎日お昼に同じものを食べて体形維持なんて、何事も三日坊主の私にとっては考えられないことで尊敬する。

お昼ご飯中は神林さんと私で信じられないほどどうでもいい話題で盛り上がる。最近流行ってるヘアトリートメントのこと、おすすめのコスメの話、どこのブランドのバッグが可愛いくてどこのお店の靴が履きやすいとか・・・。食べ物の話題も豊富でどこのレストランが美味しいとかいうのはもちろん、最近作ってみて評判がよかったレシピ、美味しかった紅茶、コーヒーの種類など、話題が尽きない。そんな私たちの会話の様子を伊東さんはあきれながら見ている。午後も同じように個々の仕事をやりながら時間が過ぎる。と、これがインターンから見た通常勤務の様子。

時々外出することもある。ランチ会やセミナーはもちろんのこと、代表者インタビューや工場見学にも連れて行っていただいた。中でも代表者インタビューと企業訪問は学生としてはこの上ない企業リサーチの機会となり、沢山の企業のいろいろなことを知ることができた。代表者インタビューでは新しく赴任された代表者の方に事業内容、ご自身の駐在経験、週末の過ごし方からご趣味までお聞きするもので、来年は面接される身である私がインタビューする側に座ってお話を聞くのは特別な経験だった。

伊東さんと神林さんが連れて行ってくださったYAMAHAさんでは平岡社長が自ら会社を案内してくださって楽器の調律現場から大型倉庫まで見せてくださった。音楽が大好きで小さいころから楽器を習っていた私としては感動的な経験であり、同時に幼いころから大切に持っている楽器が大型の倉庫にいくつもあるのを見るとちょっと切ない気持ちにもなった。MHICAの待山社長はわざわざ学生のためにと工場見学を設定してくださった。待山社長が事業内容の説明、製造している飛行機のパーツの説明、工場の構成、今後の事業展開などを丁寧に説明してくださった後の実際の飛行機の製造工場を見学するというのは鳥肌が立つような経験だった。MHICAでは飛行機の羽の部分、そして二つの羽をつなげる胴体の一部を製造している。翼は飛行機でも大変重要な部分で均等にバランスがとれてないとまっすぐ飛べないのだとか。何万分の一の差しか許されない作業を従業員の方は黙々とこなしてる。それでも待山社長が通ると皆さん顔を上げ、笑顔で挨拶するのがとても印象的だった。

日本国外で大学に通っている学生の学年は9月から始まり5月に終わる。日本の4月入学とは違いまったく違うタイムラインで学校に通っていることが多い。そんな私たちは冬休みや夏休みに帰ったときにあるごく限られた数の企業の説明会にしか参加することができない。日本にいればもっと効率よく企業のことや就職活動の情報を得ることができるのに・・・と思っている私のような学生にとって商工会でインターンとしてお手伝いできたことはいろいろな面で本当にこの上ない経験だった。これから就職率過去最低の世の中に飛び込んでゆくのはとても勇気がいるけれど、この夏学んだことを忘れずに、お世話になった方々にいつか恩返しができるように頑張っていこうと思う。

と、偉そうにリレー随筆などを書かせて頂きました。この場を借りてお世話になった方々皆様方に心からお礼を申し上げます。そして私のようなまだまだ未熟な学生に毎日付き合ってくださった伊東専務理事、神林秘書へ心から感謝の気持ちでいっぱいです。お世話になりました!

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