リレー随筆

「国際的なライフスタイル」って、けっこうシンドイですよ

トロント大学大学院エスニシティ研究プログラム事務局長

嘉納もも(Momo Kano Podolsky)

先日、日本に一時帰国していた時のことである。私の中学時代からの親友が、長女のAちゃんの大学進路のことで相談に来た。Aちゃんはお父さんの仕事の関係でアメリカで生まれ、ほんの2歳で日本に帰ってきたものの、ずっと英語に親近感を覚えているという。学校の科目でも英語が得意で、将来は絶対にアメリカに留学したいと考えているそうだ。そして現在、その夢をかなえるために最善の道を模索中である。

私が大学院への留学を機にトロントに来て23年が経つが、その間、7年ほどは関西の女子大学で教員を務めていたので、親友は私の意見を聞きたいと思ったのだろう。だが私は自分が海外に出ておきながら言うのも変だが、手放しで留学を勧めるタイプではない。この随筆ではその理由について述べさせていただきたいと思う。

1.日本人は「国際」に弱い

Aちゃんに話を戻すが、彼女の挙げた進路には、有名大学の「国際○○学部」「グローバル××学部」が多く、ほとんどがここ5年以内に新設されていることに気づく。1980年代半ばからのバブル経済時代に「国際化」の気運が日本中に高まり、やたら「国際」という二文字が大学や企業の名称にくっ付けられたのが思い出されるが、どうやら2010年現在も「国際」が「グローバル」に時々とって変わるだけで、同じような傾向が続いているのだな、と感じた。

Aちゃんのお母さんは「こういった所(学部)を出たらね、“国連で働けたりする”っていうのがうたい文句なのよ」と言った。ちょっと考えれば卒業生の皆がみな、国連で仕事を得てジュネーブに押し寄せることなどありえないと気がつくはずなのだが、要は国連に代表されるような「たくさんの外国人に囲まれた環境」で、「世界をまたにかけて活躍する」という概念が日本人にはきわめて魅力的なのだ、ということがこれらの学部の設立の根底にある。

確かに日本を離れて、それぞれの分野の第一線で活躍する人たちはカッコいい。それこそ国連で重責を果たした緒方貞子をはじめに、パリで認められた女性パティシエ、イギリスの王立バレエ団でプリマの座を得たバレリーナ、アメリカで大学教授を務めながらノーベル賞をとった化学者。日本の若者(いや、日本の親、と言った方が正しいかも知れない)があこがれるのも無理はない。

2.「英語習得」+「海外留学」= 国際人?

ではそのあこがれを現実にするにはどうするのか。まず、とにもかくにも英語の習得、そして留学、と来るのが常だろう。しかもどちらも若ければ若いほど成果は大きいと考えられているようだ。

これはいっとき、やたらともてはやされた「帰国子女」の影響が大きいように思われる。すでに触れた1980年代の国際化ブームのおり、開かれた新しい日本のシンボルのように扱われた帰国子女だが、幼少期に海外に住んだおかげで外国語(つまり英語)を自由自在にあやつり、異文化理解に長けているというイメージがすっかり固定化してしまった。マスメディアには多くの帰国子女が登場し、外交、報道、ビジネス、はたまた芸能界などの分野で華々しく活躍するケースが紹介された。

帰国子女の実態が必ずしもイメージに即していないのは『とりりあむ』の読者の方々ならよくご存知だろうが、なにはともあれ小さい頃から英語を習得させて、海外滞在を経験させれば「国際的な視野を持った人間ができあがる」という構図が日本の一般市民の間では広く共有されることになったのである。

これは非常に不思議な現象を引き起こしかねない。

「小学生で親子留学」なるものがあるとは聞いていたが、現に私の身近にそれを敢行した人がいて驚いた。学校の休みを利用してハワイやオーストラリアなどに滞在し、現地のESLキャンプに子どもだけが通う日程となっていて、英語環境でのイマージョン教育が効果大なのだそうだ。その知人一家は全く海外在住経験がないのだが、子供を小学校一年生からインターナショナル・スクールに入学させ、ずっとそのまま卒業まで通わせるつもりだと言う。

「日本の教育に疑問を感じていたし、インターに通わせたほうが広い視野が備わると思った。それに子ども自身が小さいときから英語に異常に興味を持っていたから」と、知人にしてみればもっともな根拠があるのだろうが、私は正直なところ、彼女の子どもさんの将来に大きな不安を持った。しかも知人一家のようなケースは決して珍しいわけではなく、日本全国のインターナショナル・スクールを見渡せば、生徒の過半数が同じような背景を持った子どもだったりする。彼・彼女たちはいったいどんな大人に育つのだろうか。

3.海外留学の目的

小学生どころか、私が海外留学に踏み切ったのは日本の大学で修士課程を卒業してからである。23年前は私が学びたいと思っていたエスニシティ研究の分野が日本ではほとんど注目されていなかったのに比べて、トロント大学では非常に盛んであったことから、留学先をここに決めた。もちろん、ずっとトロントに留まるつもりはなく、博士号を取得したらすぐに日本に戻ることを自明のこととして旅立った。

日本での学部生活の4年間をほぼ全てスキー部の活動に費やし、大学院でものほほんと過ごしていた私にとって、カナダの大学院での授業は衝撃的であった。出される課題の数や読書量は膨大で、とてもではないが一学期に4つ以上の科目を履修することは無理に思われた(日本ではその倍以上の授業を履修していた記憶がある)。

それにもまして圧倒されたのは、学生たちが教授の講義もそっちのけで競うように発言し、自分がいかによく勉強しているかを披露したがるということだった。外国人の学生は私だけではなかったが、第二ヶ国語である英語のレベルは様々であっても、みな、堂々と発表していた。その中にあって私が黙りこくっているのは英語力自体のせいではなく、自分がこれまで学習してきたことのお粗末さが原因だというのを痛感した。

私はこの経験から、Aちゃんの留学のタイミングに関してもある程度、自分の勉強したい分野における知識を蓄えてから行くことを勧めた。早くアメリカの学校に行って英語で勉強することに馴染みたいのはわかるが、言語はあくまでもコミュニケーションをとる手段であって、何を伝えたいかの方が大事だと私はAちゃんに分かってほしかった。

日本の大学でありながら、講義を全て英語で行うプログラムも勧めなかった。知識を蓄える以前の段階で、英語を理解するのに時間をかけるのが非効率的な気がしてならないからである。英語は現地に赴くことで飛躍的に上達するだろうから、難しい概念や理論はまず母国語で勉強するほうが良いのではないだろうか(色々な見解があるだろうが、私はイマージョン教育というものにどうも懐疑的なのである)。

4.「国際」ってシンドイことが多い

とりとめのない文章をまとめる意味で、「国際的」なものに関する私の持論を最後に述べることにする。

英語(あるいは他の外国語)の習得や海外生活の経験だけでは、それがいくら幼少期から続けられてきたことであっても、世界をまたにかけて活躍できるような人ができあがるとは限らない。むしろ、知人のケースのように、無理に、不自然な形でそれらを早くから行うことは逆効果にもなりかねない、と私は考える。

『とりりあむ』の読者の方々は、おそらく多くの場合がご自身の仕事の都合で海外駐在をしていらっしゃるものと推察する。カナダだけでなく、幾つかの国を転々とされたケースもあるに違いない。その中で、お子さんのいらっしゃる方々に伺いたいのだが、長期的に見て、お子さんたちにとって海外駐在の影響はどのような形で表れるとお考えだろうか。

私も実は、父が商社マンだったため、3歳で日本を離れて15歳の手前まで主にフランスで育っている。中学生になって帰国するまで、フランス語のほうが母国語のようで、日本の学校には一日たりとも通ったことがなかった。

ところが不思議なことに、日本でしばらく暮らすうちにやっと自分が「完成された」気がしたのである。フランスにいる間はずっとなにかしら欠けていたもの、それが日本人としての自分のアイデンティティだったのだと思う。日本での生活の中から得た経験によって、はじめて自分が日本人だと言えるだけの自信が備わったというべきか。自分の国への帰属感を持てないのはとても苦しいことなのだ、とずいぶんと後になって認識した次第である。

帰国子女の多くは私のような経験をしたことと思う。自分の意思とは無関係に親の仕事のために海外に住んだ場合、現地の言語や文化には親しむかも知れないが、それは同時に母国から疎遠になり、自分のアイデンティティにも危機をもたらしうる。日本人として生まれ、日本に住んでいるのに、わざわざそのアイデンティティに背を向ける形で他国の言語や文化の習得に労力をそそぐのはいかなるものだろうか。国際的な視野を持つ人間になるには、自分の国への帰属感が欠けていては難しい気がするのは私だけだろうか。

私はおかげさまで、カナダ人と結婚してカナダにこれほど長く住んでいても、自分は日本人だという自覚が確かにある。ただ、何千キロという距離を越えて、その自覚を何十年も維持するのは簡単なことではない。何年か続けて日本の大学で仕事をしていた時期は良かったが、先月、久しぶりに日本に戻った時などは、ふと自分がよそ者であるような気がしてくる。そのわりに、いくらカナダの生活に慣れ親しんでいても完全にこっちの人間だという気がしていない。ましてや幼少期を過ごしたフランスは、懐かしい場所であっても自分の国では決してない。どこに行っても自分は「境界線」に立っている気分に陥りかねない。

世界、とまでは行かなくとも、二国以上をまたにかけたライフスタイルを持つことは、下手をすると、常にどこに行っても「マージナル」な存在でいなければならないことをも意味するのである。私とてこのような人生を歩むことを予測して留学をしたわけではないが、結果的にそうなっている。

「国際的なライフスタイル」って、色々、けっこうシンドイですよ。Aちゃんにイマイチ、「留学?がんばって行ってこい!」と、威勢よく言えない所以である。

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